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Can you control yourself, to be a winner again?

PBLのPossible Learning Issueのヤツは

あんま出回ると問題になりかねないので,

先着25名で仕切らせていただきましたm(__)m

取り損ねた方は,私にメールしてください。送ります。

タイトルの英語は,mihimaru GTの新曲,ギリギリHEROの歌詞から

いやー良い言葉だな,と思って。

人生なんて思い通りにはいかねぇよ,とりあえず挑戦してみな

この曲,好きなんですけど,こういうメッセージも良いですよね

学祭OPにもmihimaruの俄然Yeah!を使ったmihimaru好きとして,

そして英語詩好きとして,

このラインは,何とも味わいたいものデッス

quid pro quo

えー関係者がですねけっこういまして,詳細な状況は書けませんが

事情を知る人間が口を揃えて言うには,

「異常だね」という状況なのです。

他の人に話せば「ありえない仕打ち」を受けており

堪えがたきを堪え,忍びがたきを忍んできたさっさーも

ついに堪忍袋の緒がキレて,行動に出た訳です。

相手がすっかりいい気になったところで,一気に突き落とす

というのが,超クールなんだよなヾ(*´∀`)ノ

さっさーは,普段はアクビばっかりして,

何も考えてなさそうですが,

一度キレると,持ち前の悪知恵をいかんなく発揮して,

普通の人は絶対できない行動に出ます。

さっさーの策略により高校の時留年した人がいるぐらいですから

必ず勝つ勝負にしか手を出さないさっさーですから,

勝算は余裕でありますよー。

とりあえず,一度頭脳戦という船を出した以上,

あらゆる手を駆使して,必ず勝ちます。

とりあえず,今週末は恐ろしいコトになっているかも知れませんな

トラブルをこよなく愛するさっさーとしては

思わずニヒルな笑いを浮かべずにはいられない,この頃デッス

さぁ,クラスター爆弾はまいた。

子爆弾達よ,爆発するのだ。゚(゚ノ∀`゚)゚。

金立山

久しぶりに山に登りました。金立山(501m)

今まで南アルプス,富士山,韓国岳(宮崎),金剛山(奈良)

六甲山(神戸)と色んな山を登ってきましたが,

山と呼べる山に登るのは,実に4年ぶりです。

金立の自然

木漏れ日。今日は暖かかった。

金立の自然

キノコたちも頑張ってます。カワラタケ。抗癌薬クレスチンの原料です。

金立の自然

紅葉がまだ残っていました。

金立の自然

君も赤いね

雲仙普賢岳を訪ねて

この前、ふら~っと島原に行きました。

06:30 佐賀市内出発
07:20 祐徳稲荷神社到着
07:50 同出発
08:00 道の駅 太良
09:30 道の駅 みずなし本陣
10:00 島原まゆやまロード
11:00 雲仙岳災害記念館
12:00 昼食
13:00 島原市内出発

という、若干強行的な日程で。

道路は、佐賀市内→R34/R207→諫早市→R251→島原市→R57→諫早市→R34/R207→佐賀市内


往路はすいてて、佐賀市内からは実質2時間半で到着。

そこからまず、島原まゆやまロードを走り、平成新山に近づきます。

道路地図には「長崎県道207号・千本木島原港線」と載ってるハズ。若干この道への案内が分かりにくい…。

長崎県島原市南千本木町

規格は良い道ですが、けっこうアップダウンにカーブのある道です。

↓写真は、クリックすると全部拡大版が表示されます。

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平成新山は、とてもキレイで、13年前の噴火などなかったかのよう。

キレイな空に平成新山、おもわず10枚ほど撮っちゃいました。

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山頂付近のごつごつとした様子が、やはり噴火の名残なのでしょう。

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この道の途中に平成新山ネイチャーセンターがありますが、休館日でした。



その後、雲仙岳災害記念館へ。

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入館料は\1,000。入ると早速、案内員の方が色々説明してくださいます。

 

展示は、ただ被害を受けた事実を並べているだけではなく、

被災後の火山の対策と共存をも様々な面から展示しており、興味深かった。

P1010756.jpg


屋上からは、島原市内が四方見渡せます。

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右が眉山。中央が平成新山。


島原のあちこちに、「がまだす」という名前がついてて、

例えば災害記念館は「がまだすドーム」

さっきの写真に橋が写ってると思います、その道が「がまだすロード」

 

「がまだす」っていったい何やろ?と思い調べて見ると、

島原の方言で、「頑張る」という意味だそうです。

 

その通り島原は約10年そこらで想像もつかないほど復興していました。

 

かつて関東大震災の時、ありのままを受け入れ、必死に復興する姿を見て、

当時日本にいた外国人が感嘆したと言いますが、

自然を征服する、という欧米の考え方とは異なり、

自然とうまく接し、利用し、共存するという私たち日本人の思想の一片を

垣間見た気がしました。


帰りは山道ドライブ、R57経由で。

この道が、大分県大分市から長崎県長崎市への国道なんですが、熊本の三角から長崎の島原までは

海上ルート(^_^;)

熊本県宇城市三角町から長崎県島原市までは海上ルート by Wikipedia日本語版

どうも国道の「道」の中には、海路もあるらしい、まさに海の中道。

その後、島原半島の西側を回って、諫早市に戻ってきました。

 

諫早市から先の話は、また今度。